ここまで、記憶機能をシリーズでお話してきました。今回は、記憶機能の怖い話をしたいと思います。「もの忘れ」よりもっとこわい、誰でも陥る記憶の落とし穴「過信」のお話しです。
目次
だれもが記憶はあてにならない
私たちの記憶力には限界があります。もの忘れがひどくない人で検証してみた結果、30分前に聞いた話でも平均約40%の内容は忘れてしまうことがわかりました。また、一度記憶したものを思い出すことも、耳だけで聞いたものは20%ぐらいしかできません。
吹き出し 私 いろいろな感覚を使って覚えておくと思い出しやすくなります
わかっておいてほしいことは、どんなに記憶力がすごい人も、忘れている部分が多くあるということです。この前提をしっかり受け止めておくことがとても大切になります。政治家が「記憶にありません」とよく言うのも理論的には間違っていないということですね。
自分の記憶を過信してはならない
記憶機能は、記憶できる量に限界があるだけでなく過信すると危険です。なぜなら、誰にでも記憶まちがいが多く発生しているからです。記憶まちがいは、けんかやトラブルを引き起こすことにつながりやすいので要注意です。
病院でおこなっているメタ認知トレーニングは、よくある記憶まちがいに気づくトレーニングを行っています。自分の記憶を過信せず、まちがっているかもと気づけるようになれば、対人関係のトラブルが避けられます。メタ認知トレーニングが教えてくれる記憶まちがいしやすいところを次の項でご紹介します。
よくある記憶まちがいしやすいところ
私たちは、昔体験したことや関連することがあると脳の中で情報が付け加えられたり置きかえられたりして脳に記憶されてしまいます。そのため、目の前に起きたことなどをそのまま覚えるわけではなく、記憶まちがいがおこります。こころの調子が悪い時やストレスがたまっている時は、記憶まちがいに気づかなくなりがちで、あいまいな記憶を過信しすぎてしまいます(反証への抵抗)。
吹き出し 私 心の調子が悪い時は、記憶まちがいしているかもと気づけるようになれるといいですね。
記憶まちがいは次の点から生じます。
- 記憶を忘れる
- 記憶がかたよる
- 記憶を誤って覚える
- 記憶を忘れる(忘却)
そもそも記憶は忘れられるものです。忘れられた記憶は、過去のほかの記憶で補われたり置きかえられたりして、新たな記憶の形になっています。こうして間違えた情報を記憶してしまっていることがあります。
たとえば、子供のころの記憶は、実は写真や映画で見たことや親から聞いたことを記憶していることがよくあります。
- 記憶がかたよる
私たちはだれもが、覚えたいことを覚えたいように覚えてしまうクセがあります。忘れたいものを忘れてしまうクセもあります。録画や録音のようにそのまま正確に記憶に残っているわけではなく、自分本位で覚えるか忘れるかを自動選択しているため、記憶にかたよりができるわけです。
特に心の調子が悪かったりストレスがたまったりしているときは、楽しい記憶として記憶されにくく、その出来事などは忘れられやすいです。
また、どのように覚えるかはその時の気分によって違ってきます。そのため、同じ出来事を体験しても、細かい点で覚えていることが違っていることはよくあります。体験した時の気分や感情が強いほど、間違って記憶されやすいです。
たとえば、けんかしたあとは、相手の行ったことを実際よりひどいものだったように記憶されてしまいます。お互いの誤解が生じる原因になりますね。
- 記憶を誤って覚える
本当はおこっていないことを「おきたこと」と記憶されてしまうことがあります。これを「記憶錯誤」といいます。いろいろなストーリーが付け加えられていくうちに、起こっていないことも起こっていることと記憶されていく結果、間違った記憶になってしまうのです(記憶錯誤)。
また、もともとあるイメージに記憶は影響をうけやすいです。目の前のものを正確に覚えたつもりでも、後から思い出すときは、あるはずのものがなかったりしても「あった」とおもいこんでしまうという記憶まちがいが生じやすいです(イマジネーション膨張)。
身の覚えがないことが、本当に起こったことのようにうわさが流れているということはありませんか?それは、あなたの周囲の人の記憶錯誤やイマジネーション膨張が原因の可能性があります。
正確に覚えたつもりでも、これらの記憶まちがいは誰にでも起こります。特に心の調子が悪い時やストレスがたまっているときは記憶のまちがいを増やします。またそのような時は、間違っていることに気づきにくくなっている(反証への抵抗バイアス)ので過信しすぎないことが大切です。
記憶まちがいがひきおこす困ったこと
本当に起きたと信じていたことが間違っていたら、どんな問題が起こるでしょうか。
・記憶まちがいのせいでけんかになる
・嫌なことがあった(された)と間違えて記憶し、まわりに敵意を抱く
・現実と想像の境目があいまいになる
などなどです。
細かいところまで思い出すことができない時は、記憶が間違っているかもしれません。ほかの人に質問をするなどしながら他に情報がないか探してみましょう。証拠はあるのか、事実なのか、想像した部分はないかなどを吟味し、十分な証拠集めをするクセをつけていくと間違った記憶に振り回されなくなります。
記憶は、そもそもあてにならないものなので頼りすぎないようにすることも大切です。メモや携帯電話、カレンダーなどを利用して記憶の助けを利用していきましょう。
おすすめ認知機能リハ
病院で行われているメタ認知トレーニングでは、記憶まちがいの特徴を勉強します。だれにでも記憶まちがいがあるということを理解し、自分が記憶まちがいをしたまま過信しない練習をおこなっていきます。
実際の課題は、こんな感じです。
次の写真をみてください。何があったかあとでお尋ねします。できるだけ細かいところまでよく覚えてください。
キャンプでよく目にするものは何ですか?(写真をみないで考えてみましょう)
キャンプの写真には次の何がありましたか?その答えはどのくらい自信がありますか?
・肉
・テント
・ジュース
・焼きそば
・バーベキューコンロ
・タオル
・ターフ
・いす
・はし
・トング
答えは、黒い文字のものです。赤い文字は写真にありませんでした。
・肉
・テント
・ジュース
・焼きそば
・バーベキューコンロ
・タオル
・ターフ
・いす
・はし
・木
・トング
いかがでしたか?細かい部分まで覚えて正確に思い出すことができましたか?
「キャンプ」というもともとあるイメージに左右されて細かいところまで覚えるのは大変です。あるはずのものがなかったり、ないはずのものがあったりすると記憶はあいまいになります。トレーニングでは、このようなクイズを通して信じていた自分の記憶が案外あいまいであることに気づいていけるようにします。
今日のポイント
・もの忘れより怖い記憶の過信
・記憶を過信しすぎるとトラブルになる
・心の調子が悪い時ほど過信がおこる
・記憶に頼りすぎないようにメモをとろう
・トラブルをさけるには、情報をあつめよう、事実かどうか確認しよう、事実をつなぎ合わせて判断しよう
語句説明
記憶錯誤 間違った記憶をつくりあげていってしまうこと
反証への抵抗バイアス 自分の記憶がまちがっていないと思い込むこと
イマジネーション膨張 イメージで判断してしまうこと
今回は、過信すると怖い記憶のあいまいさを説明しました。記憶まちがいは多く起こっているにもかかわらず、私たちは自分の記憶をあてにしやすく信じてしまいがちです。そのため、行き違いや誤解が生じ対人関係のトラブルに発展してしまいます。
会話の中でも、相手の記憶が間違っていないか検証するクセをつけ、事実を話しているのか、想像やあいまいな情報、うわさの部分を話しているのかを区別し、信じる事柄を事実のみにしていくと判断が間違わなくなります。
もう一度お伝えします。
細かい部分を思い出せない記憶は間違っている可能性があります。要注意!
吹き出し わたし 自分の記憶を過信しないように!!
参考
メタ認知トレーニング ユニット8 記憶と過信