前回、認知機能リハビリテーションの勉強の為に北海道へ旅立った話の続きです。
※【必見】北の聖地・北海道が教えてくれたリハビリ現場の課題の4つの解決方法
認知機能リハビリがさかんな北海道。研究会では、リハビリの第一人者である最上多美子先生の講演を直接お聞きすることができました。
なんて幸せ(∩´∀`)∩
今回の講演は、「NEARの実践と研究」です。ご講演内容をわかりやすくまとめました。
NEAR:
Neuropsychological Educational Approach to Rehabilitationの略で認知機能リハビリのプログラムです。認知機能障害への治療プログラムとして世界中で取り組まれており、有効性が証明されています。
目次
最上多美子先生ご紹介
※先生のご紹介はこちら 画像転用しています。削除依頼等があればご連絡下さい。
最上多美子先生は、アメリカで、NEARの開発者であるAlice Medalia博士のもと、直接NEARを学び、日本へ導入された方です。
北海道大学をはじめ、多くのリハビリ現場のアドバイザーをされたり、研究や著書もたくさん出されています。
認知機能リハビリの分野での教科書のどの本をみてもお名前がある先生であります。
最上多美子先生の経歴
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻教授
ニューヨーク大学 応用心理学科 カウンセリング心理学 Ph. D
著書
「精神疾患における認知機能障害の矯正法」臨床家マニュアル
「社会認知ならびに対人関係のトレーニングSCIT治療マニュアル」
「進化とこころの科学で学ぶ人間関係の心理学」
「新しいスーパービジョン関係 パラレルプロセスの魔力」
「発達臨床心理学ハンドブック」
病気と認知機能障害との関係
精神科がとりあつかう病気の中で、一番こわいのが統合失調症です。
幻覚妄想は、統合失調症の症状としてよく知られているのですが、実は、統合失調症になる前から、認知機能障害が出現していることがわかってきました。
そして、幻覚や妄想がおくすりで治療されてからも、認知機能障害が残るということもわかってきました。
病気になって困るのが、日常生活や社会生活がうまくいかなくなること。患者さんやご家族が一番心配することも、「また元の生活にもどれるのかしら…」、「社会でやっていけるのかしら…」ということです。
統合失調症の認知機能障害 | ||
軽度低下 | 中等度低下 | 重度低下 |
記憶(再認) | 転導性 | 言語学習 |
呼称 | 記憶(再生) | 遂行機能 |
視覚運動 | 運動速度 | |
作業記憶 | 流暢性 |
この表をみてみると、統合失調症になると、多くの認知機能が下がっています。
特に大きく下がっているのが、記憶や遂行機能、運動速度、流暢性などです。
これは、認知症の方の認知機能のレベルと同じぐらいになります。
仕事がうまくいかない認知機能障害
病気になると、治療に専念します。幻覚や妄想がよくなった後、職場や学校への復帰を考えたとき、認知機能の状態はとても大切です。
研究では、どの認知機能が影響しているかということがわかってきました。
認知機能リハビリ紹介・NEAR
認知機能障害が社会復帰の妨げになっているのならば、それを治療するプログラムに取り組もうというのが認知機能リハビリです。
認知機能リハビリは世界中にたくさんのプログラムがあります。認知機能リハビリのターゲットは、注意、記憶、遂行機能などの神経認知機能とメタ認知となります。
NEARプログラムは、患者さんの個性や認知機能障害の特徴に合わせて、PCソフトなどのゲームを利用して構成されています。
本人が「楽しい」、「やりたい」と感じて取り組みやすくなっており、本人に合った課題が提供されます。そして、「できた」「私もできるかも」という希望の回復につながるような内容になっています。
NEARを行うときのスタッフの心得
NEARは、患者さんの日常生活機能の改善のためにあります。
ポイントは大きく見て6つありますので、箇条書きにしてみます。
① 患者さんは、認知機能の低下の具合や夢・希望・目標がひとりひとり違うので、ニーズに合わせて課題を提供していくことが大切です。
② 患者さんが「やりたい」「楽しい」と感じる内発的動機付けを心掛けることは最重要です。
③ 課題は、患者さんが難易度や種類を選択でき、自らの生活に関連づけやすいものがよいです。そして、スタッフは、課題を患者さんの夢や希望、目標に関連付けていく手助けをします。
④ 認知機能の改善には、トレーニング期間として3~6か月が必要となります。最後まで続けていけるように、いいコーチであらねばなりません。
⑤ いいコーチとは、適切な場面でヒントにたどりつけるような働きかけをする人です。患者さんが自ら課題をこなせたという達成感をあじわってもらうことが大切です。
⑥ 患者さんの取り組み方をよく観察し、方針や修正を繰り返していきます。
このように取り組んだ認知機能リハビリで改善された認知機能は、4か月後の検査でも改善が維持されていることが報告されています。
NEARを行うときのヒント
講演の中で言われていたポイントをまとめました。
ヒントはこちら
最上多美子先生
「当事者リーダーを導入せよ」
身近な成功者は、励みになります。真似したい、自分も先輩のようになりたいと思う気持ちが、リハビリへの動機につながります。また、リハビリの目標を共有できるメリットにつながります。
「目標設定は小さく」
大きな目標に向かって頑張る姿勢はとてもかっこいいものです。しかし、目の前の生活レベルに目を向け、身近な目標を達成できるようになったことを、ともに喜んでいきましょう。たとえば、「テレビが楽しめるようになったね」とか「新聞が最後まで読めたなんてすごい」とか「TPOにあった行動ができるようになってるね」とかです。
「苦手な部分は環境調整を」
音に過敏な人に、うるさい場所で集中して学習してくださいというのは酷なことです。静かな場所を提供する、ヘッドホンを使う等の環境を整えて患者さんがより認知機能の向上に集中できるように配慮してあげましょう。
「どれだけでも表彰を」
患者さんは、不得意な部分に果敢にチャレンジし認知機能の向上に取り組んでいます。何度でも表彰し、努力していることを評価していくことを形にしてみてはどうでしょう。参加回数を、頻度を変えて表彰するとか。
「主治医から治療ゴールをききだせ」
リハビリの治療ゴールを主治医に伝えてもらうことは、リハビリスタッフの目標にもなります。患者さんと共有し、ともに頑張っていきましょう。
最上先生こそがこの分野の教科書といっても過言ではありません。
認知機能リハビリの基本的なおはなしから、研究成果、実践へのヒントまで、リハビリに必要な知識がたっぷりつまったご講演でした。
このレポートが、認知機能リハを行っている病院、これから始めようとする病院の方々にもお役に立てればうれしいです。<(_ _)>
今回の引用参考文献
「統合失調症の認知機能障害への治療的アプローチ―薬物療法と認知リハビリテーションの最新知見 ・認知矯正療法NEARについて」
Schizophrenia Frontier Vol.13 No.1, 24-27, 2012
最上多美子 / 池澤聰 / 兼子幸一 / 中込和幸